お墓は建てないけれど

祖母、庄司おじさん 信念

1.お盆

まだまだ暑いけれど、
もうすぐ夏も終わります。
今年のお盆も暑かった。
我輩が小さい頃は、
お盆は、
親父の実家に墓参りに行った。
親父の兄弟も、家族を連れて
実家に集まり、
我輩の従弟(いとこ)たちとも会えて、
なかなかにぎやかだった。
お墓は、親父の兄が建てた、普通の石のお墓だった。
周りと比べて、少しだけ小さめだったように、
子供心に思った。
今では、親父の兄弟も6人中3人が亡くなり、
代も変わり、
親父の兄の息子(我輩の従弟)が、
そういう行事にあまり関心が無いこともあり、
親父の実家に行くこともなくなった。

2.お袋のお墓は無い

お袋の方は、
長女だったので、お袋のお袋(我輩のお祖母ちゃん)を
自宅に迎え入れて、
最後まで看取ったけれど、
お祖母ちゃんのお墓のことは何も聞かされていない。
お祖父ちゃんはもっと前に亡くなっていて、
お祖母ちゃんが京都の大きなお寺に納骨したと思う。
お祖母ちゃんのお墓について、
長女だった母は、弟である長男(我輩の叔父さん)にすべて任せたと思う。
その母も4年前に亡くなり、
その遺骨は父の意向で、海に散骨した。
母のお葬式は無宗教で、
「お別れの会」として行われ、戒名もない。
母が生前、父にどう言っていたかは知らないが、
我輩の知る母からすれば、
戒名もお墓も要らないと言うと思うので、
父の処置に何の不満も無いと思う。

3.親父も墓は要らないと言っている

その父も、今は元気だが、
父自身の葬式については、
「何も行事めいたことはする必要はない。
ただ、集まってくれた人に食事を提供してほしい。」
と我輩は父から言われた。
たぶん、お墓も作らない。

4.ご先祖様

我輩の父方の実家は
我輩のお祖父ちゃんが建てた。
なかなか立派な家だが、
お祖父ちゃんは
もともと小作人だったと、
父の弟(我輩の叔父さん)から聞いた。
父の兄が建立したお墓は知っているが
そのさらにご先祖様のお墓がどこにあるかは知らない。

我輩の母方のお祖父ちゃんは
台湾の原住民だった。
台湾が日本の統治下となり、
東京出身の家系である祖母ちゃんと台北で知り合い、
結婚した。
祖父母は、日本の敗戦と共に、
既に生まれていた母を連れて
下関に引き揚げてきた。
お祖父ちゃんのご先祖様の
お墓がどこにあるかは知らない。
また、お祖母ちゃんのご先祖様のお墓が
どこにあるかも知らない。

吉内健次郎

左が、お祖父ちゃん。

5.ご先祖様は、いつでも、どこからでも見守ってくれている

思うに、ご先祖様は敬うことはとても大切だが、
それは、お墓に行かないと出来ないことではない。
ご先祖様は思い出して、感謝することで、
充分ご先祖様に供養ができると思う。

生前の身体は、いわば乗り物のようなもの。
我々の本体である魂は天に帰っていく。
魂はお墓にしか居ないという事はない。
ご先祖様の魂は、
時空を超えて、どこでも、いつでも、
私たちを見守ってくれていると思う。
私たちの中に内在していると言うことも出来る。

ご先祖様が見守ってくれていると思えば、
安心だし、
逆に言えば、恥ずかしいことも出来ない。

6.写真

ふと、ご先祖様を思い出すことができるものとして、
写真が重宝する。
お祖父ちゃんやお祖母ちゃん、母親、父親、大事な人達の写真を
家の良く見える場所に置くのは良いことだ。
いつだって大事な人たちを思い出せるし、
思い出すことは良い供養になると聞いた。
大事な人たちを思い出す、その想いは、
間違いなく大事な人たちの魂に届くだろう。
別に人に限らなくともよい。
大事な友達は人間とは限らない。

エリザベス

お墓は無くても、
良い供養は出来る。

父、母、祖母

読んでくださり、ありがとうございます。

何かの参考になれば嬉しいです。

みなさんにもイイ事がイッパイありますように!
\(^∇^)/シャ~ッ(祈)!♪
(祈りの力は実はスゴイ!)

肉体は滅びても、魂は永遠の存在。
また、次の世へ進んで行く。

問題は、何故、今のこの世に生まれてきたのか?
おそらく、何か、この世で、我輩が為さねばならぬ宿題があるはず。
その宿題をきちんとやり遂げたい。
その宿題をやり終えた時、あの世からのお迎えが来るはず。

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