「生きがいの本質」私たちは、なぜ生きているのか?飯田史彦先生

飯田史彦先生は、国立大学の教員として、死後の世界について考察された方です。
大学の教員と言うところは、矢作直樹先生と同じですね。
大学の教員としての立場で、「死後の世界」についての考察を著書で発表するというのは、なかなか大変だったと思います。
今でこそ、「死後の世界」の存在については、多少認知されてきています。
少なくとも、「死後の世界」の存在が有るか無いか、という議論を許す雰囲気があります。
けれども、今でも、死後の世界については、「そんなのあるはずがない」「非科学的だ」と頭から決めつける人もいるでしょう。
たとえば、「神様はイエス様しかいない。あとは、全て邪教だ。」と言うようなものです。
それが正しいかどうかは別にして、キリスト教のほかにも、仏教も、イスラム教も、霊波之光もある、という事を認めるべきでしょう。
飯田史彦先生の生きがいシリーズ第1作目
「生きがいの創造。”生まれ変わりの科学”が人生を変える」の初版は1996年に発行されました。
この時代に、このような本を、大学の教員との立場から出されるのは、大変勇気のいることだったと思います。
矢作直樹先生の「人は死なない: ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索」の初版は2011年の発行で、「生きがいの創造」の15年後です。

「生きがいの本質。私たちは、なぜ生きているのか?」46~47ページから引用します。

やがて、私の眼は、研究室の壁に飾ってある、宮沢賢治の直筆(複写)による
「雨ニモマケズ」の文章にくぎ付けになりました。
若くして亡くなった賢治。当時は正当な評価を受けることができず、誤解と嘲笑の中で「雨ニモマケズ」を書き残した、その人生最期の日々に、いったい・・・・・。
その瞬間、賢治がこの世を去る間際に思い残していたことが、私の心の奥深くに、時空を超えてよみがえってくるのを感じました。

なぜ、自分は、いまここに生きて、この役割を与えられているのだろう・・・・・。
自分にしかできない仕事、自分に与えられた使命とは・・・・・。
自分は、それを果たそうとした時、何を失うというのだろう・・・・・。

そして、本書が生まれたのです。

我輩はなぜここにいるのか?
我輩はなぜこの世に生まれてきたのか?
を深く考えるようになったきっかけをくれた
飯田史彦先生です。

写真は、我輩の持っている「生きがいの本質」。

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