12月8日 真珠湾攻撃

Peralharbor 信念
真珠湾攻撃

1941年12月8日未明(日本時間)、
日本海軍は、ハワイ オアフ島 真珠湾にあった
アメリカ太平洋艦隊の基地を攻撃した。
この真珠湾攻撃の数時間前に
日本陸軍が既にマレー作戦を開始しており、
この12月8日(日本時間)をもって、
日本は英米を相手に太平洋戦争を
始めることになる。

我輩は、歴史上起ったことについて
その善悪を述べるつもりはない。
そもそも「歴史」は、勝者が書くものであり
敗者はその「史実」に異議を述べることは出来ない。

我輩が子供の頃、
アメリカ映画の戦争物を時々見たが、
それは、いつも「悪者」ドイツ軍を相手に
勇猛果敢に戦い、勝利するアメリカ兵の
物語であった。
子供ながらに、
日本の味方であったドイツ軍が負けることに
とても悔しく思いながら見ていた。

我々日本人は
8月15日を終戦記念日とし、
お盆として、
戦争で亡くなった人たちを弔う。
8月6日は、広島に原爆が投下された日であり、
8月9日は、長崎に原爆が投下された日であり、
それぞれ、原爆で亡くなった人たちを弔う式典を行う。

ちなみに、我輩は、30年ほど前、
8月6日を原爆投下記念日として祝う
欧米のブログのコメント欄に
「ただ、ただ、悲しい…」
と書き込み、
いろいろな方々(日本人は居られなかったと記憶する)から
「君はまだ若いから歴史を知らないのだ。
年配の人に日本がどんなことをしてきたか聞いてごらん」
「原爆のおかげで、日本は降伏し、
その結果、連合国側の多くの将兵の命が助かったことを祝っている」
「彼(我輩のこと)は原爆投下の是非については、何も語っていない。
彼の意見を聞こうではないか」
と意見を頂いた思い出がある。
(ブログは英文で、コメント欄のやり取りも英文であった)

繰り返すが、歴史上の出来事に
善悪を語るのは意味がない。
「歴史」は、あくまでも勝者の「歴史」でしかない。
しかし、たとえば、我々が負けた太平洋戦争について、
太平洋戦争に突入するだけの理由が我々にもあったはずである。
欧米列強がアジア各地を植民地とするなか、
果敢にも日本が立ち上がり、
結局は敗れ去るものの、
白人を相手にアジア人が戦いを挑むことも可能であることを
アジアの各地域に身をもって示した意義は大きい、
とも解釈できる。
もし、戦争に負けなければ、
おそらくそのような解釈が「歴史」の事実となっていたはずである。
けれども、事実として、我々日本は負けた。
それゆえ、我々日本は、アジア各国を侵略したと、
教科書に記す国もあり、それが歴史である。

我輩は、思う。
敗者として、
玉音放送を聞いた8月15日を終戦記念日として、
原爆を落とされた8月6日、8月9日を平和記念日として、
後世に伝えるならば、
米英をはじめとする欧米列強に対抗すべく
立ち上がった12月8日をも
決して忘れてはならない。

我輩は、決して戦争を賛美するものではない。
けれど、戦火に散った人たちのことを思えば、
12月8日を記憶から消すようなことはしてはならないと思う。
我々の先祖は、我々のために戦ってくれたのである。

9_Gunshin

「九軍神」   大東亜戦争中のハワイ海戦(真珠湾攻撃)において、甲標的(特殊潜航艇)に乗組み、未帰還となった海軍大尉(戦死後に海軍中佐)岩佐直治ら以下の9名が「特別攻撃隊の偉勳」として軍神とされた。 (1942年3月6日海軍省発表)~Wikipedia「真珠湾攻撃」より

 

真珠湾攻撃 - Wikipedia

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その宿題をやり終えた時、あの世からのお迎えが来るはず。

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