人は亡くなる時、だれを見るのか? 寿命

私の母は、いまから3年前の12月18日に亡くなった。
その二日前、12月16日に私は母を病院に見舞った。
母は苦痛に、のた打ち回っていた。
しかし、私は、安心した。
なぜなら、母は、
「私は死にたくない。死にたくない。」
と叫んでいたから。
これだけ強い、行きたいという意思があれば大丈夫だと、私は確信した。
母は、
「ここにいたら殺される。生きるためには、家に帰らなければ。」
と叫んでいた。
私は、母の手を握り、
「母さん、大丈夫だよ。病院にいたら、ちゃんと面倒見てくれるよ。僕も、正月には、おせちを食べにまた帰ってくるから。」
と母を励ました。
母は、
「そのためには、ここを出なければ…」
と言った瞬間に、僕の後ろ、少し上の方を凝視して、言葉をつぐんだ。
まるで、だれかが突然現れたみたいで、その人を凝視している様子だった。
今の私には、その時、母の母、つまり、私の祖母が私の後ろに立っていたように思える。祖母は、その5年ほど前に既に亡くなっている。

矢作直樹先生も御著書の中で述べられている。
人は旅立つときが近づくと、まるで、親しい誰かが迎えに来たように、はっと天井等を凝視するらしい。それは、亡くなる数日前だったり、数時間前だったりする。
昔から、あの世に旅立つ時を
「お迎えが来た」
と表現する。
やはり、そう表現されるだけの理由があるのだろう。

しかし、私は思う。
母は、生きたがっていた。死ぬのを嫌がっていた。
それでも、お迎えが来て、あの世に旅立った。
やはり、寿命には逆らえぬのか…。

矢作直樹先生も何かの著書に書いておられる。
人は、病気で死ぬのではなく、寿命で死ぬのだ、と。

私の母は、高校の数学の教師で、何から何まで、きちんとした人だった。
厳しい人だった。
母自身の健康にもかなり気を配っていた。
その母が、ある時から、食べたものを戻すようになった。
食べても食べても、吐いてしまう。
近くの内科には通っていたが、胃カメラ等の検査は断固拒否した。
そのうち、本当にガリガリに痩せ、歩くこともままならなくなった。
私の父や、私の父母の近くに住む末の弟は、検査を強く勧めた。
私は、母の意思、自己決定を尊重する態度だった。

結局、母は大きな病院で検査を受け、胃の出口、十二指腸の入り口にある
出来物を切除する手術を受けた。今から3年前の6月のことである。
手術後の経過は良好で、ほどなく退院し、九州に住む私のすぐ下の弟を訪ねるまでに回復した。
しかし、12月に体調の不良を訴え、検査のため、手術を受けた病院に入院した。
入院したその夜、母は、トイレに行こうとして転倒した。
かなり大きなコブが額に出来たらしく、慌てた病院は、脳外科医のいる別の大きな病院に母を搬送した。その病院での診断は、特に心配はない、少し様子を見ようという事であった。その脳外科病院に泊まることになった母は、のどの渇きを看護師に訴えた。
看護師は母に水を与えた。その水を母は誤飲し、肺に入れてしまった。
母は、急遽、元の病院に搬送され、治療を受けたが、
結局、誤飲性肺炎で亡くなった。
母や、私から見たら、悲劇としか言いようがない。
お通夜の席で、私は、病院を訴えることができると主張した。
しかし、真ん中の弟が強く反対し、父も全く乗り気ではなかった。

もしかしたら、これが運命と言うものなのかも知れぬ。
これが、母の寿命だったのかも知れぬ。
しかし、どこかで、母の寿命を変えるチャンスがあったようにも、私には思えるのだ。

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